工?鈴木智也教授と常陽銀行市場金融部の共同研究
―機械学習で有価証券の運用力強化を目指す 研究と教育が一体の場
工学部?理工学研究科の鈴木智也研究室と常陽銀行市場金融部は、今年(2022年)1月から共同研究契約を結び、機械学習を利用した有価証券運用の高度化に向けたプロジェクトに取り組んでいる。月1回のジョイントミーティングでは、課題をブラッシュアップし、機械学習でデータ分析を続けながら、金融の知識をめきめきとつける学生たちと、常陽銀行の方々とが真剣に議論をして、互いに技術と知見を磨いている。それは大学教育と産学連携の理想的な姿にも見える。
銀行では、顧客から預かった現金を株式や投資信託といった有価証券に換えて資産運用を行う。日々の株価の動きはもちろん、過去の値動きや世界の動向などをウォッチしながら将来予測をする。近年はAIの導入が加速しているものの、有効なデータは何か、どんな条件を与えて計算するか、どこまでがAIに任せられるのか、といったことは研究途上だし、「これなら絶対に儲かる」という正解はない。
他方、鈴木智也教授は機械学習を専門としており、なおかつ金融工学や計量経済学にも詳しい。AIの集合知を利用した投資判断システムの提案で論文賞を受賞したこともあり、大学発ベンチャー?コラボウィズ株式会社の代表も務める。これまでも金融機関との取り組みはあったが、今年1月からは地元の金融機関である常陽銀行との共同研究に挑むことになった。
9月26日、つくば市にある常陽銀行市場金融部のオフィスを、鈴木教授と研究室の学生6人が訪れた。共同研究の一環で毎月1回実施しているジョイントミーティングだ。この日は4人の学生が研究の状況についてプレゼンテーションし、常陽銀行市場金融部の方々とディスカッションを行った。
発表や議論の詳細は公表できないが、特徴的なのは、この取り組みのゴールが、有価証券運用の現場で使える新たなアプリケーションの開発という短期的なものではないということだ。
研究室では、銀行側から過去の各種銘柄の値動きのデータなどを受け取り、機械学習を用いてさまざまなアプローチで分析を試みる。それによって得られた結果や知見を学生が発表し、常陽銀行の担当者からの「このパラメーター(引数)で試したらどうか」「条件として与える利率を変えたい」「こういうデータを得るためにはどうすれば良いか」といった質問やコメントをもとに議論をしながら、次への「宿題」が決まっていく。このやりとりの繰り返しによって、有価証券運用における高度かつ適切な機械学習の使い方を探っていくのだ。そのプロセスは、一部の学生にとっては自分の研究テーマを決めていく作業にもなる。
ジョイントミーティングの様子を見ていて驚くのは、金融の専門用語が飛び交う質問やコメントに学生たちが堂々と対応し、正確に課題をつかんでいるところだ。
彼らは工学部や大学院で機械学習を学びたいと思っていたものの、全員が金融に関する興味や知識を持っていたわけではない。
理工学研究科博士前期課程1年(M1)の新澤和弥さんは「研究室に配属されてすぐに金融に関する本を渡されました」と振り返る。一方、ここ数年の間に鈴木研究室と金融機関との共同研究が進んでいったことから、最初から金融とAIを組み合わせた研究をしたいという学生も増えてはきた。「株価の勉強が面白そうだなと思って大学院から鈴木研究室を選んで来ました」という雨谷暦樹さん(M2)は東京の大学から進学してきた。
さまざまな分野で用いられる機械学習の技術だが、金融や資産運用という場面特有の難しさがある。
塚原悠輝(M2)さんは、「一番大変なのはデータの取り扱いですね。扱うデータの特性を良く知っておかないと、誤った使い方をしてしまい、そのせいで結果も間違ってしまいます」と話す。また、金融情報システムから取得できる多様なデータは、そのまま分析に使えるわけではないという。雨谷さんによれば「一番大変なのは、分析できるように前処理することです。これが一番時間がかかります」。この夏季休業も多くの時間をデータの前処理に費した。
それでも一歩ずつ進めていく中で確実に手応えが感じられる。新澤さんは、「ランダムな値動きを踏まえた理論を使った場合、予想は難しいものの、ときどき癖があったりはするんですね。その癖を機械学習でうまく拾っていくと、ある瞬間だけでも予想できたりするので、それは難しいですけどおもしろいです」と話す。もともとテキストの深層学習に興味がある新澤さんは、その技術を金融の将来予測にうまく活かせないか試行錯誤中だ。
こうした学生たちの姿を常陽銀行の方々はどう見ているのか。
市場金融部の飯島寛志部長は、「金融分野の研究を希望しているわけではなく、機械学習というテーマでゼミに入っているのに、われわれとのわずかな期間の取り組みの中で、これだけ金融を絡めた機械学習について話せるというのは驚きます」と話す。
リアルな課題をめぐって、企業の担当者と大学生?大学院生が直接向き合い、共同での研究に取り組む中で、学生たちが成長を遂げていく。研究と教育と企業活動が一体となった場。最初から長期的な視点に立っているからこそ、腰を据えたこうした取り組みも可能になる。
鈴木教授のカウンターパートを務めるのが、アナリストでもある常陽銀行市場金融部の鈴木隆司次長だ。鈴木次長は、「われわれとしても手探りのところはあって、この取り組みがどんな成果に結びつくかは、結局はコミュニケーションによるのだと思っています」と話す。「先生もフレンドリーに相談に乗ってくれますし、学生のみなさんもしっかりしているので、このコミュニーションを長く続ける中で確実に何かにつながるだろうという手応えを感じています」。
加えて、この共同研究の背景には、銀行における新たな人材の採用という狙いもある。金融業界においもてもDX(デジタル?トランスフォーメーション)が進む中、機械学習に詳しい工学系の人材を採り入れることが必須となる。
飯島部長は、「機械学習を学んでいる学生のみなさんは、まだまだ金融には目を向けてもらえていないのが現状ですから、こういう活動をきっかけに優秀な人材と出会えるというのは本当にありがたいです」と語る。
一方鈴木教授も、機械学習を学ぶ学生は、別の業種の専門知識も同時に身に付けた方が良いと語る。「機械学習の専門人材は今は就職しやすいですが、そのうち人材が増えるとレッドオーシャン(競争が激しい状態)になります。そこで勝てる人材になってほしいですね。機械学習はあくまでツールであって、いろんな業種の背景知識をわかった上でそのツールをどう使えるか。それが競争優位性を高めるんですよ」。
この点で、学生たちがプロの現場に入り、そこで学ぶことができるというのは大きい。
飯島部長も「人材の面でも進展がありますし、運用の面でも現場に応用できるように活動しています。学生のみなさんは金融の現場というものを見る機会は少ないと思いますが、ぜひいつでも見て、活用していただければと思いますし、私たちもより実践的な研究につながるよう力になりたいですね」と話していた。
学生が複数の分野を学び、仕事の現場でその知識や技術を試しつつ、学生、教員、企業等それぞれのメリットにつながるような研究を進めていく。それは、大学教育の新たな姿を示すものだ。先駆けとなる本プロジェクトには引き続き注目していきたい。
(取材?構成:茨城大学広報室、取材補助?撮影:茨城大学広報学生プロジェクト 菊池まゆ(人社1年)?立川陽菜(人社1年))