大規模災害に学ぶこれからの茨城
―茨城大学?茨城県?茨城産業会議連携講演会を開催
2019年10月に発生した台風19号(令和元年東日本台風)は本学が所在する茨城県にも甚大な被害を及ぼしました。万博manbetx官网にほど近い常磐道の水戸北スマートIC付近は、那珂川やそこに流れ込む複数の河川の氾濫により水没する事態となり、メディアで報じられたその惨状は、記憶に新しいかと思います。
10月7日(金)、台風19号による発災から3年を前に、茨城大学?茨城県?茨城産業会議の三者による「大規模災害に学ぶこれからの茨城~茨城の抱えるリスク 防災?減災への備え~」と題した連携講演会が開催されました。2017年から年に一度実施している連携講演会は、毎年様々なテーマを取り上げ、各分野における産学官連携の在り方を検討してきました。
台風19号の被災経験をした住民の声?行政の取組み
今年度のテーマは「防災?減災」。講演会はパネリスト3名による講演、パネルディスカッションの2部構成でおこなわれました。
講演のトップバッターは、本学大学院理工学研究科(理学野)准教授で、気象?気候学を専門とし、地球?地域環境共創機構及び茨城県地域気候変動適応センターにも関わっている若月泰孝氏。若月准教授は、台風19号が発生した令和元年に発足した「茨城大学令和元年度台風19号災害調査団」でも、情報伝達や避難行動について調査?研究し、今後の防災への備えなどを提起した経験を持ちます。この日は「激甚化する豪雨災害に立ち向かう」と題し、住民や行政へのアンケート調査をもとに、その報告をおこないました。
豪雨災害における地球温暖化の影響について若月准教授は、水蒸気量が増加し、豪雨の際の降水量をも増加させ、水害リスクをもたらすことを指摘。豪雨が発生するメカニズムを説明しました。
では、地球温暖化などの影響で今後も同規模の災害の発生が想定されるなか、私たちは災害に対してどのような備え、行動ができるのでしょう。若月准教授は、台風19号により被災した住民へのアンケートを実施し、人々の災害への意識を調査しました。昭和61年(1986年)8月などに那珂川水系の河川が氾濫するという豪雨を経験した水戸市藤井町の住民らの半数が、当時の被災経験が台風19号発生時の早期避難には逆効果だったと回答。被害の程度を見誤ってしまう可能性があったといいます。若月准教授は「過去の被災経験から行動することはとても大切だが、それにとらわれすぎてはいけない。過小評価をしないことが重要だ」と話します。また、近所や自治会単位で平時から対策することの重要性を共有し、対策をしていた住民の方がより早期に避難を決断したというデータを紹介。「災害時の対応を普段から話題にし、意識をすることが大切」と呼びかけました。
一方、地方行政ではどのような取り組みがなされているのでしょうか。2021年に若月准教授が実施した調査では、茨城県では、大規模水害の発生予測時刻から逆算し、自治体関係者が事前にとるべき防災行動を「いつ」「誰が」「どのように」「何をするか」に着目して時系列に整理した「災害対応タイムライン」を、75.8%の市町村が作成していることがわかりました。また、避難指示を発令する具体的な数値基準を定めている市町村も84.8%にのぼります。若月准教授は、このようなタイムラインの作成を進めるとともに、介護が必要な住民などの「要支援者避難」への対策や、リアルタイムの情報を各所から収集し、住民らへ避難を促す情報伝達の在り方を検討し続けていく必要があると述べました。
インフラ強化で住民の安心?安全を守る
続いて、東日本電信電話株式会社茨城支店設備部長で防災士の資格を持つ村山直之氏が登壇。地域課題を解決し、住民の安心?安全で快適な生活の実現を目的に発足した「茨城インフラマッチングプロジェクト」について紹介がありました。同プロジェクトは電気、ガス、通信といったインフラマネジメント機能を有する県内の8社10組織により構成され、各社のノウハウの共有やDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進による業務効率化の実現などを連携の柱としています。防災という観点においては、相互の情報連携を強化し、安心?安全を確保した災害対応力の向上を目指しているとのことです。災害時にライフラインが断絶してしまったとき、それらが早期に復旧されることが望まれます。非常時に住民の不安を少しでも取り除けるよう、今後は実務者協議を経て、災害プラットフォームを立ち上げる予定であることを報告しました。
災害時の体制整備と人々の意識改革の重要性
最後は、茨城県防災?危機管理課副参事の大久保孝氏より「茨城県の災害対応体制と地域防災力向上に向けた取り組み」についてお話しいただきました。茨城県は直近20年間で大きな災害に複数回見舞われてきたことから、大久保氏は、災害は「必ず来るもの、起こるもの」と認識して、日頃から備えることが重要だと訴えました。県では、災害対応業務に精通した県及び市町村の職員を事前に登録して有事の際に速やかに派遣することを目的に「いばらき災害対応支援チーム」の運用を平成30年3月に開始。一方で、このような体制を整備していても、行政機関だけでは万全な対応は困難であることから、関係機関による応援や民間企業?団体の協力を得て、日頃から連携していくことが大切だと述べました。
産学官の連携で災害に強い茨城県に
第2部では、本学学長特別補佐で、社会連携センター長の中村麻子教授がファシリテーターを務め、3名のパネリストとともにディスカッションをおこないました。
前半は、パネリスト間での質問タイム。若月准教授から茨城県の大久保副参事へは「マイ?タイムラインの作成は、素晴らしい取り組みだ。現在は主に学校で講座を開いて小学生への啓発に力を入れていると思うが、今後はどのように発展させていくのか」という問いが発せられました。「マイ?タイムライン(個人防災行動計画)」とは、大規模な災害から自分の身を守るために、それぞれがとるべき防災行動を整理し、作成するスケジュール表のことです。県では平成30年度からこの作成事業を実施しています。県の大久保氏は「教育委員会と連携し、特にハザードマップ内に所在する小学校の高学年の児童を対象に、今年9月までに32校でマイ?タイムライン作成の講座を実施した。実際に過去の水害では、避難の途上で被害に遭った方もいる。マイ?タイムラインを作成する中で、自身の避難経路を確認し、家族や町内会などへも共有してもらえるようにしたい」と、さらに普及させていきたい考えを示しました。また、村山氏も「タイムラインは防災において重要なツール。広く認知してもらう必要がある」と話します。
さらに大久保氏から「防災に関する取り組みや調査結果など、大学として住民や学生にどのように還元できるか」と問われた若月准教授は「防災に関する講演会やマイ?タイムライン作成の講習会を、学生とともに実施できればと思う。その成果は産学官、住民など様々に共有して、一緒に取り組めるような場を設けたい。大学の講義にも取り入れたい」と答えました。
後半は参加者の質問にパネリストが回答。「防災情報の伝達のためにSNSはどのように活用できるか」といった問いについて、若月准教授は「世代によってSNSの利用頻度や活用方法、ツールが違うことは念頭に置かなければいけない。避難行動に直接結びつくのは声掛け。声掛けに至るきっかけとしてSNSの情報が役に立つこともあるだろう」と、SNS活用の可能性を示唆し、大久保氏も同意。また村山氏は「インフラ事業者にとっては、情報が集まると発信する力も備えられる。それらを発信する機能を担うのが事業者か行政かという点を検討し、情報発信の土台を整備したい」と今後の課題を示しました。
さらに「県内には外国人も多く在住しているが、同じ住民としてどのように防災に関わることができるか、また外国人が避難することの課題は?」との質問が。「言語も文化も様々で、外国人に避難を促すことはハードルが高いが、行政として真摯に取り組む必要がある。国際交流協会などの外国人向け相談窓口を災害時にも活用するなど、ネットワークづくりが重要だ(大久保氏)」、「外国人の住民や旅行で訪れた人に、日本は災害大国なんだと教えていかないといけない。彼らを守ることも大事だが、自分の身は自分で守るという文化も伝えていきたい(村山氏)」、「外国人向けの避難訓練を行っている自治体や町内会はまだ少ない。外国人と日本人が一緒に働く職場で、訓練や講習会を行うのがいいのではないか(若月准教授)」と、それぞれ私見を述べました。
最後に挨拶に立った本学の鳥羽田英夫理事(社会連携担当)は「非常時には組織や個人単体でできることは限られている。自助?共助?公助という言葉があるが、各方面で連携し総力戦で困難を乗り切ることが求められると思う。正しく情報を発信し、積極的にキャッチできるよう、産学官の連携を一層強めていきたい」と話しました。
(取材?構成:茨城大学広報室)