「耕さない農業」が土壌炭素を貯留し土壌微生物の多様性を高める
約20年間の調査で実証 分解促進による潜在的な脆弱性にも注目
茨城大学農学部附属国際フィールド農学センターの小松﨑将一教授らの研究グループは、同大の農場における長期輪作試験栽培での土壌中の炭素のモニタリングと土壌微生物群集構造解析の結果、カバークロップの利用と不耕起栽培の組み合わせが、土壌炭素貯留につながり、かつ土壌微生物の多様性を向上させることを明らかにしました。このことは、炭素貯留が生物多様性の向上に効果が期待できる一方で、農耕地の炭素貯留のもつ潜在的な脆弱性に関する理解を深める知見となります。
この成果は、2022年9月21日、イギリスの土壌環境科学専門誌『European Journal of Soil Science』(2022年9?10月号)に掲載されました。
研究の背景
気候変動の緩和策として、農地の土壌に炭素を貯留する試みが注目されています。農林水産省は、カバークロップの利用や不耕起栽培による農耕地の炭素貯留と、化学肥料?化学合成農薬を原則5割以上低減する取り組みとの組み合わせを、地球温暖化防止や生物多様性保全に高い効果をもたらす営農活動と位置づけ、支援しています。
一方、欧米においては、不耕起栽培やカバークロップが農地土壌への炭素クレジットの対象となっているのに対し、日本では未着手です。その背景には、日本のようなモンスーンアジアなど雑草圧の高い地域では単位面積あたりの生産性を追求してしまい、それから逸脱するような半自然的な管理である「耕さない農業」の取り組みは非常に少ないということが挙げられます。
そこで本研究では、このような国内外の状況を踏まえ、大学農場の長期試験圃場における不耕起とカバークロップの長期輪作モニタリングを通じて、土壌炭素の増加とその脆弱性に関する科学的根拠を得ることを目的としました。
研究手法と成果
茨城大学農学部の附属農場である国際フィールド農学センターでは、カバークロップと耕うん方法による炭素貯留への影響のモニタリングサイトを設置し、農耕地の炭素貯留と作物生産性について長期観測しています。ここでは、耕うん方法(不耕起およびプラウ耕)およびカバークロップの種類(ライムギおよび裸地)を組み合わせ、夏作に2003年から2008年までオカボを、2009年以降はダイズを栽培しています。この圃場において、土壌中の炭素貯留の変化を測定し、農法の違いによる土壌中の炭素の増加?減少の定量的な評価、土壌呼吸量の変化ならびに土壌微生物群集構造との比較を行いました。
調査期間中、不耕起あるいはライムギカバークロップの利用は、プラウ耕および冬作裸地での測定されたデータと比較して、土壌呼吸量および土壌炭素貯留量を増加させました(表)。長期輪作試験圃場における18 年間の調査から、土壌微生物群集構造とそれらのバオマスに対しては、カバークロップ処理よりも耕うん方法の方が大きな影響を与えることが示されました(図1)。また、不耕起栽培やカバークロップの利用は、土壌中のATP 含有量、基質誘導呼吸、およびエルゴステロール含有量など土壌微生物のバイオマスに関連する指標を増加させ、不耕起>プラウ耕を示しました。同時に、微生物群集構造の比較においては、不耕起栽培ではプラウ耕と比べて細菌のアルファ多様性が著しく向上しました。これは、細菌の Chao1 指数とシャノン指数の上昇に関連していました(図2)。
農法の組み合わせと土壌炭素貯留および土壌呼吸量の関係では、不耕起栽培とカバークロップの組み合わせで、土壌炭素貯留が大きくなる一方で、細菌のアルファ多様性や土壌微生物バイオマスが増加する(図3)と同時に、バクテロイデス属、担子菌門、および子嚢菌門などの有機物分解者の相対的存在量も増加することで、土壌呼吸量が増加しました。
以上の結果は、不耕起栽培やカバークロップの利用が、日本の湿潤亜熱帯気候における黒ボク土の土壌微生物特性の改善に役立つことを示唆しています。一方で、微生物多様性の向上による土壌呼吸量の増加は、有機物の分解を促進するものであり、黒ボク土の土壌炭素隔離に対する潜在的な脆弱性が高いことを示しています。
農耕地の土壌に炭素を貯留することは農地の生産力の維持増進にとって極めて有効であり、有機物蓄積に伴い土壌の示す化学的、物理的、生物的なパラメータと生産性に係る機能が向上することはよく知られています。不耕起やカバークロップの導入によって改善された土壌炭素についても、一定の脆弱性があることを踏まえて、今後、気候変動緩和に向けた農業システムについて理解を深める必要があります。
表:同一な英添え字の間の数値は、Tukey-Kramer test においてp < 0.05水準で有意差がないことを示す。また、分散分析結果はそれぞれ、*p <0.05, **p<0.01, and ***p <0.001; ns, 有意差なしを示す。
図3 土壌炭素の含有量と土壌微生物の多様性指数(Chao1:右、Shannon:左)の関係。決定係数の** と *** の表記は、それぞれp < 0.01 および p < 0.001の有意水準を示す。図中の点はそれぞれプラウ耕(MP)および不耕起(NT)の耕うん法および冬作裸地(FA)および冬作ライムギ(RY)の組み合わせを示す。
今後の展望
近年、環境再生型農業(リジェネラティブ農業)に関する関心が高まっています。農地の土壌を健康的に維持するばかりでなく、土壌を修復、改善しながら自然環境の再生を促す農業のあり方が注目されています。世界食糧農業機関(FAO)は環境を保全する農法として、土壌をかく乱しない(不耕起)、土壌を植生で被覆する(カバークロップ)、および農地に多様性を維持する(輪作)の3つの取り組みをあげています。これらの取り組みは、土壌の豊かさを高めることを通じて炭素を土壌に取り込むことから、気候変動の緩和策としても注目されています。
今回の成果は、日本のようなモンスーンアジアにおいても、不耕起栽培とカバークロップの利用が土壌炭素を高めることから二酸化炭素吸収源となることを示しています。しかし、炭素蓄積に伴う土壌微生物のバイオマスとその多様性の向上は、土壌有機物の分解を促進する作用もあり炭素貯留としては脆弱性があることを十分に理解することが必要です。土壌炭素貯留を高く維持したまま作物生産を持続させていく農業技術開発が新たな課題として提起されました
論文情報
- タイトル:Breeding targets for heat-tolerant rice varieties in Japan in a warming climate
- 著者:龔穎婷(広東省農業科学院、元東京農工大学大学院連合農学研究科(茨城大学配置))、李沛然(生態環境部華南環境科学研究所、元東京農工大学大学院連合農学研究科(茨城大学配置))、郭永(茨城大学農学部)、阿蘇日和(茨城県農業総合センター、元茨城大学大学院農学研究科)、黄啓良(東京農工大学大学院連合農学研究科(茨城大学配置))、西澤智康(茨城大学農学部)、荒木肇(新潟食糧農業大学)、小松﨑将一(茨城大学農学部附属国際フィールド農学センター)
- 雑誌:European Journal of Soil Science, Volume 73(5)、 2022
- DOI:10.1111/ejss.13306