原発事故避難者にとっての「成人式」とは
ー震災から12年、同世代の学生たちが聞く避難経験者の「故郷」の姿
2011年3月11日の東日本大震災から12年。福島第一原発事故によって他の地域での避難生活を余儀なくされた当時の子どもたちの中には、この12年の間にどんな「故郷」観が形成されてきた(あるいは形成されていない)のだろう。
そんな疑問を胸に、人文社会科学部の村上信夫ゼミ(メディア論)の3人の学生たちが、避難経験者の「成人式」への向き合い方に注目して、約1年間にわたるインタビュー調査を実施した。そこから見えてきた同世代の彼ら、彼女たちの複雑な「故郷」のありようとはー
3月3日、茨城大学万博manbetx官网の図書館本館のライブラリーホールで行われた「子どもたちの原発避難 その10年」と題した報告会は、午前中に福島県内の放送局とJ:COMが制作したドキュメンタリー番組の上映、午後は学生たちによる研究報告と3人の研究者によるトークセッションで構成された。会場には福島県からも参加者が訪れた他、午後はオンラインでも配信し、多くの参加者が報告や議論に耳を傾けた。
研究報告を行ったのは、丹羽仁菜さん、松尾実咲さん、浅沼優衣さんの3人。いずれも村上ゼミ所属の3年生だ。村上ゼミでは、3年次は共通のテーマを設定し、1年間かけて調査?研究を行うという「年間研究」に取り組む。これまで先輩たちは、オウム真理教事件の報道に関わった報道記者へのインタビュー、茨城県内の台風災害報道についての調査などのテーマを扱ってきた。
今年度の年間研究で原発事故の避難者に着目することを提案したのは、福島県いわき市出身の丹羽さんだった。現在進行中の問題できわめてセンシティブなテーマだ。メディア論を専攻する自分たちでも一定の結果を導き出せる調査とは何か。その切り口を探るため、予備調査として福島県内の放送局の担当者などに話を聞き、ゼミで検討を続ける中で、「成人式」というキーワードが浮かび上がった。
自身も成人式を迎えたばかりだった丹羽さんは、高校時代の友人との会話を思い出していた。その友人は双葉郡浪江町からいわき市に避難していたが、「ごめん、私はいわき市じゃなくて浪江町の成人式に出るから」と言っていた。その「ごめん」が丹羽さんの心に引っかかっていた。地元で一緒に育った友人たちが久しぶりに故郷で再会を喜ぶ場であるはずの「成人式」が、原発事故で故郷を追われた人たちにとっては、複雑な心境をもたらす儀式になっている。それがショックだった。そこで、成人式への向き合い方を切り口に、同世代の原発事故避難者たちの「故郷」観を探ることが決まったた。
報告会で紹介された調査結果を先に紹介しておこう。
2022年の成人式の出席率を見ると、双葉郡を除く福島県全体での平均が7~8割なのに対し、双葉郡では対象者752人中、出席者は2割未満の149人。未だ立ち入りが規制されている地域があることを考えれば、当然かも知れない。
ゼミでは、2016~2022年の間に成人式を迎えた26人の若者にインタビューを行った。このうち23人が出身地の成人式に出席(うち2人は避難先の市町村の成人式にも参加)した人で、3人は避難先の成人式のみ参加、あるいはいずれも参加しなかった人だった。
インタビュー調査の結果、まず分かったことは、原発事故後に経験している転校回数の多さだ。2011年4月に高校進学した対象者を除く24人の転校回数は、最多で4回、平均で2回だったという。転校の理由は、親の仕事、避難生活支援の打ち切り、避難解除に伴う転居などだ。
また、震災発生からしばらくの間、15歳未満の人と妊婦は、警戒区域への一時立ち入りが認められなかった。そのため、当時中学生以下だった人はすぐには戻ることができず、15歳になって立ち入ることができた頃には、故郷の姿は大きく変わっていた。村上ゼミが「15の壁」と名付けたこの要素も、双葉郡出身の若者たちの「故郷」観に大きく影響したかも知れない。
さらに、SNSやメールが使えるわけではなかった当時の小学生にとっては、避難で離れ離れになって以来、友人の消息がわからず、連絡のしようがないという人も多かった。
後半のトークセッションでは、村上教授と、環境社会学が専門で、福島から茨城への避難者の支援を行う「ふうあいねっと」の代表を務める原口弥生教授(学部長)、早稲田大学教授で災害復興医療人類学研究所所長の医師?辻内琢也氏という3人が登壇し、学生たちの報告を受けて、避難者の生活や支援のあり方について議論を行った。
原口教授、辻内教授によれば、震災発生当時に子どもだった若者たちへのインタビュー調査はまだ難しく、実態は把握しきれていないという。原口教授は「語れるときまで待つしかない」と語り、放送作家として被災地を取材した経験をもつ村上教授も「親にも言えないことがあるし、言っても仕方ないという思いをもっている子たちも少なくない」と話す。その意味で、同世代の若者がインタビューを試みた今回の村上ゼミの調査結果は貴重なものだ。
辻内教授は、転居が多いほどストレスが高まるというデータに触れて、「若者に大きな精神的ダメージを与えたというのは間違いない」と述べた。一方、原口教授は、避難者の声を聞く中では、多くの親が子どもたちの安定した学校生活を最優先に考えていると感じたと言い、福島県から避難先の地域に教員を派遣する制度などは「間違いなく親たちの安心につながっていた」と報告した。
震災から12年が経つが、避難者にとっては厳しい生活が今なお続いている。辻内教授は、「生活再建の過程でも転居は起きている」と述べ、他方で住宅支援の打ち切りがどんどん進んでいる状況に、強い懸念を示した。また、そうした親の生活再建を近くで見ている子どもたちへの影響も気になると言う。
原発事故は全然終わっていない。
さて、再びインタビュー調査を進めていた頃の話に戻る。
インタビューの協力者たちの中には、原発事故とその後避難生活において、嫌な経験をしたり、激しく悩んだりしてきた方が少なくない。周囲の人たちが良かれと思って発した言葉が、当人にとっては辛いものだったということもあった----たとえば、避難先の学校の先生がクラスメイトたちに「〇〇さんは原発事故で避難してきたから、そのことに触れちゃダメ」と伝えていた、など----。そんな彼らの経験や考えを、当事者ではない自分たちは、どのように聞き取っていけばよいのか。そもそもインタビューに協力してもらえるのか。
ゼミでは、質問の順番などを入念に検討。たとえば、まずは震災前の故郷の思い出----地域のお祭りのことなど----を語り、思い出してもらって、そこから少しずつ成人式の話、さらには「自分のふるさとの情報を隠すことはあるか」などのセンシティブな質問へと進んでいく。
それでも、多くのインタビュー協力者の方々にとって成人式のことや、ふるさとを隠した経験に関する話は、今まで聞かれたことがないことであり、丹波さんたちと対話をしたり、話の内容を行き来するようにしたりしながら、その場で懸命に語りを紡いでいるような様子だった。相手が言い淀んでしまう場面もあったし、当日うまく言葉にできなかった思いを後日メールで送ってくれた方もいた。
調査の過程で双葉郡の地域も訪れた(写真提供:村上ゼミ)
その中で、協力者の方たちが成人式や故郷について語ることを難しくさせている、ひとつの要素に気が付いた。それは、同じように避難の経験をした同世代の人たちへのまなざしだった。
丹羽さんは話す。
「避難解除の後に地元に帰った方は、『みんなにも帰ってきてほしいとは強く言えない』と話していましたし、ある町の成人式の担当者からも『元の故郷の成人式に出ない人を絶対に責めてはいけない』という話を聞きました。帰る、帰らない、という話や、故郷をどこと見なすか、ということ自体、私たちと同世代の避難経験者の方にとっては、まだ難しい話題なのだと思います」。
調査に立ち会った浅沼さんも、「双葉郡にかつて住んでいた、ということだけが共通していて、『故郷』について考え方は人によって違う。一概に言えるものではありません」と続ける。
その意味では、「故郷」の姿をはっきりとつかめずにいるような、自分たちと同世代の避難者にとって、「成人式」はまだ早かったのではないか、と丹羽さんは考えている。
「自分の故郷はどこだろうか、ということを振り返るポイントが、たとえば一時帰宅したときだったりするわけですが、それだってまだ向き合えないという方もいます。成人式も故郷を意識する大きなポイントだと思うのですが、それを過ぎたら、それ以降故郷について考える共通のきっかけってあるのかな......って」
人が生きる上で、自分のルーツや心の拠りどころとして思いを馳せる「故郷」の体験や認識が大事なものだとすれば、それを物理的、社会的に奪われる体験をした人にとって、「故郷」を形成するためのサポートというのも、実は必要なことなのではないか。そして、「成人式」もそういう機能を担うものならば、幼い頃に原発事故による避難を経験した人たちに対しては、「成人式」的な機会は今後も長く、継続的に提供していく必要があるのではないか。丹羽さんはそう提案する。
それを受けて、松尾さんもこう話してくれた。
「その故郷が双葉郡であっても避難先であっても、『あなたにとっての故郷とは?』ということを聞き続けなければ、双葉郡から本当に若い人がいなくなってしまうのではないかと感じました。私たちのような人でも、あるいはメディアでもいいので、『聞く』ということを続けていくことが大事なのだと思います」
報告会のトークセッションの最後に、「これから何ができるのか」と聞かれ、村上教授は「成人式から始める」、原口教授は「想い出のほりおこし」とそれぞれ答えた。
それはまさに、丹羽さん、松尾さん、浅沼さんの3人が、26人の若者の語りに真摯に向き合う中でつかんだ、「振り返りのポイントをつくる」「『聞く』ということを続けていく」という提言と重なるものだ。
そうした意識と関わりを持ち続けることこそが、地域と人びとの本当の「復興」を支えるのだと、村上ゼミの「成人式」についての研究は伝えてくれている。
(取材?構成:茨城大学広報室)