固体や薄膜の状態で円偏光を発光するキラルな白金錯体の開発に成功
単一成分でマルチカラー円偏光発光 円偏光有機EL開発に貢献
茨城大学大学院理工学研究科(理学野)の西川浩之教授、北里大学理学部の長谷川真士講師、成蹊大学理工学部の稲垣昭子教授、東京都立大学大学院理学研究科の杉浦健一教授、京都府立大学大学院生命科学研究科の椿一典教授、筑波大学数理物質系の志賀拓也准教授、北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点の長田裕也特任准教授らの研究グループは、固体や薄膜などの凝集状態で円偏光を発光するキラルな白金錯体の開発に成功しました。固体および薄膜の発光寿命の測定から発光にりん光成分が含まれることを明らかにしました。この錯体は固体状態では赤色の発光を示しますが、アクリル樹脂であるPMMA(ポリメチルメタクリレート)に分散した薄膜では白色の発光を示すことを明らかにしました。
円偏光を発光する発光デバイスは、三次元ディスプレイ、セキュリティが強化された光情報通信、量子コンピューターなど広い分野への応用が期待されていることから、現在、活発に開発研究が行われています。今回の成果は、凝集状態でりん光性の円偏光を示す材料を用いた円偏光有機ELの開発につながるとともに、照明や液晶バックライトとして用途がある白色発光デバイスで円偏光を示すデバイスの開発につながることが期待されます。
この成果は、2023年3月9日より英国王立化学会誌の雑誌Chemical Communications誌のオンライン版にて公開されており、3月25日付発行の同誌Issue 24に掲載されました(Outside back coverにも採択されています)。
背景
光は電場および磁場が振動しながら進行する電磁波で、電場および磁場の振動が進行方向に対して回転する光を円偏光と言います。円偏光には、光の進行方向に対して電場あるいは磁場の振動方向が右に回転する右円偏光と左に回転する左円偏光があります。円偏光を発光する有機ELデバイスであるCP-OLED(circularly polarized organic light emitting diode)は、三次元ディスプレイ、次世代の光情報通信、量子コンピューターなど広い分野への応用が期待されていることから、現在、活発に開発研究が行われています。CP-OLEDの開発は、通常の有機ELの発光層に円偏光発光(CPL; Circularly Polarized Luminescence)を示すキラルな発光材料を用いることによって行われています。CPL特性を表す指標として非対称因子g値が用いられます。これまでに報告されているキラル発光材料のg値は低く、低分子系で高いg値を実現させるためには、発光分子がキラルに空間配列する必要があるということが、高いg値を示す高分子や液晶材料の研究から示唆されています。ところが、一般に有機物の発光材料は、溶液中のような孤立状態で強く発光しますが凝集状態では消光するという凝集起因消光(ACQ; aggregation caused quenching)が起こることが知られています。また、有機ELを実用化するためには高い外部量子効率の実現が必要であり、三重項励起状態が利用できるりん光材料や、一重項と三重項状態のエネルギー差が小さく逆項間交差が可能な熱活性遅延蛍光材料を用いた有機ELデバイスが広く開発されています。
本研究では、市販の配位子から2段階で合成可能なりん光性キラル白金錯体 (R)-/(S)-[Pt(II)(BINOL)(bpy)](図1)を開発し、それがACQとは反対の凝集誘起円偏光発光(AIE; Aggregation-induced emission)を示すことを明らかにしました。また、この錯体をアクリル樹脂に分散した薄膜が、白金錯体の割合に応じて白色から赤色の発光を示すことを明らかにしました。
図1.キラルなりん光性白金錯体(R)-および(S)-[Pt(II)(BINOL)(bpy)]
研究手法?成果
有機ELをはじめとした有機エレクトロニクスデバイスの開発では、デバイスの構造や性能を最適化する必要があるため、デバイスを構成する分子に関してまとまった量が必要となります。そのため、キラルな発光材料も簡便にかつ大量に合成できる方が有利です。今回、市販の試薬から2段階で比較的高収率で目的物質を合成することに成功しました。この白金錯体は塩化メチレンやクロロホルムといった一般的な有機溶液中では発光しませんが、粉末や薄膜といった凝集状態で発光を示す凝集誘起発光(AIE; Aggregation-induced emission)材料であることを明らかにしました。このAIE特性は、良溶媒であるテトラヒドロフランに貧溶媒である水を混合した混合溶液で、水の割合を増加することで発光強度が増加するということからも確認されました。
また、粉末状態では550~750 nmにブロードなピークをもつ赤色の発光を示したのに対して(図2)、アクリル樹脂であるPMMA(ポリメチルメタクリレート)に1 wt%で分散した薄膜は、白色の発光を示しました。興味深いことに、PMMAに分散させる白金錯体の割合を増加させると、発光色が白色から赤色へと変化(1 wt%:白色、2 wt%:黄色、5 wt%:赤色)しました(図2)。粉末およびPMMA分散膜の発光寿命の測定から、発光にはりん光成分が含まれていることを明らかにしました。この錯体の結晶構造を単結晶X線構造解析により明らかにしたところ、キラルな分子を反映して結晶の空間群もキラルな空間群でした。また、配位子であるビピリジンとBINOLの一方のナフタレン環の間に分子間π-π相互作用が、BINOLの酸素原子と芳香環のC-H結合との間に分子間水素結合が、それぞれ確認されました。
これらの分子間相互作用を介して、白金錯体が1次元らせん状に積層した構造を、つまり、キラルな空間配列を取っていることも分かりました(図3)。円二色性(CD)および円偏光発光(CPL)を測定したところ、CDは溶液、固体状態ともに観測されましたが、CPLは、AIE特性を反映し、粉末およびPMMA分散膜でのみ観測されました。CDおよびCPLのg値は10-3台で、これまでに報告されている同様の錯体や有機分子の値と同程度でした。固体状態で発光分子がキラルな空間配列を取っているものの、固体状態のCDおよびCPLのg値が大きくないことから、本錯体では固体におけるキラルな凝集構造が、キラルな光学特性に大きな影響を及ぼしていないと考えられます。
図2.(R)-および(S)-[Pt(II)(BINOL)(bpy)]の粉末(左)とPMMA膜の発光(右)
図3.(R)-および(S)-[Pt(II)(BINOL)(bpy)]の結晶構造. 1次元らせん構造(左)と積層方向からの投影図(右)
今後の展望
本研究では、市販の試薬から簡便にかつ比較的高収率で合成が可能なりん光性キラル白金錯体の合成に成功し、凝集誘起円偏光発光を示すことを明らかにしました。この錯体は粉末では赤色発光を示しますが、PMMAに分散した薄膜では、白金錯体の割合が低い場合、白色の発光を示します。さらに、PMMA膜の発光色は、白金錯体の含有率が増加するに従い、白色から黄色および赤色へと変化することを見出しました。結晶構造解析から、今回の白金錯体は固体状態でキラルな1次元らせん構造を取ることが明らかになりましたが、このキラルな凝集構造がキラルな分光特性には大きく影響していないことが分かりました。また、発光量子収率も類似の白金錯体と同程度で高くなく、今後、高性能なCP-OLEDを開発するためには、発光強度の増大と円偏光特性の向上が課題となります。しかし、複数の発光材料の混合による白色の円偏光発光デバイスの開発例はあるものの、単一物質、特に低分子キラル発光材料による白色発光CP-OLEDの報告例はほとんどなく、今回の研究成果は単一物質による白色発光CP-OLEDの開発に貢献することが期待されます。さらに、同一物質で発光色の色調が変化するマルチカラー材料としての応用も期待されます。
論文情報
- タイトル:Aggregation-induced circularly polarized phosphorescence of Pt(II) complexes with an axially chiral BINOL ligand
- 著者:Daiki Tauchi, Taiki Koida, Yuki Nojima, Masashi Hasegawa, Yasuhiro Mazaki, Akiko Inagaki, Ken-ichi Sugiura, Yuki Nagaya, Kazunori Tsubaki, Takuya Shiga, Yuuya Nagata, Hiroyuki Nishikawa*
- 雑誌:Chemical Communications
- 公開日:2023年3月9日オンラインで公開、2023年3月25日付発行の同誌にて掲載
- DOI:10.1039/D2CC06198H