イバダイバーズたちが語る「わたしとDX」―仕事や学修の話からデジタル社会の展望まで
茨城大学の各部門の教員、職員、学生たちは、「DX」を どのようにとらえているのでしょう。普段の仕事や学修の話からデジタル社会の展望まで、それぞれが語る多彩なDX論をどうぞ。
「子どもたちが最新のサイボーグに触れる体験が、未来の技術への構想と社会の課題を自分ゴトとしてとらえるきっかけに」
教育学部 助教 川路 智治
医療や介護などの目的で使われる CYBERDYNE株式会社開発の装着 型サイボーグ「HAL(ハル)」を活用した中学生向けの教育実践を開発し、県内外の協力校で今年度から実験的に展 開しています。
HALは、人間が身体を動かそうとする際に脳から神経、筋肉へと伝えられる微弱な信号を皮膚の表面から読み取り、装着者の意思に沿った動作を補助することで身体機能を改善していくサイボーグです。中学生たちはHALを装着し、装着前後で自分のジャンプの高さが向上する即時効果を体験する中で、人と技術の関係を直感的に理解してくれました。あわせて身体に関する個人情報を活用した技術の倫理的な側面についての考えを深めたり、多角的な視点で新たな技術を構想したりするきっかけにもなっていました。
こうした技術教育における授業実践はSociety5.0時代において重要になると思います。教員を目指す研究室の学生たちと協力してさらにブラッシュアップしていきたいですね。
PROFILE● 茨城?広島県内で教員を務め、2021 年に広島大学で博士号(教育学)取得。同年4月より茨城大学に着任。専門は技術教育。
「大学をめぐるいろんなデータと向き合って4年。大学運営にもっと役立つような形でデータを加工、可視化できるよう日々奮闘中です」
「IR」というのはInstitutional Researchの略です。学生数や教員の研究動向、外部資金の獲得状況など学内のさまざまなデータを集め、整理して、大学運営に役立つような形で提供する仕事です。
大学のデータは意外と複雑。たとえば「社会人学生の数」といっても、その定義や調査時期によって数字が変わってきますから、各部署と細かい調整をしていかなければなりません。また、確定した数字を他大学と比較してみると、茨大は意外と数が少ないな、といったことも見えてきます。逆に、データ上では結構すごいのに大学の強みとしては発信できていない取り組みも見えたりします。こうした気付きが事業の見直しや新しい計画へとつながっていくと、普段の仕事にもさらに手応えを感じられますね。
次の課題は、データの出入力がバラバラな現状を見直して、統合してシンプルに扱えるようにすることだと思います。他の部署と協力しながら、いろんなBIツール(データ分析?可視化のアプリ)を試しつつ少しずつ進めている ところです。
PROFILE●福島県出身。民間企業の営業職を経て2019年から現職。回転寿司で一番目に食べるのはイカオクラ。スマホ依存気味なのでデジタルデトックスを検討中。
「メタバースにおいて異質な他者との『差異の政治』が可能か、は興味深い問題です」
人文社会科学部 講師 上田 悠久
オンラインで公共哲学の授業をやってみて、対話はある程度成立するものの、先にオフラインで関係性ができていないと深い議論は難しいとも感じました。今後の技術革新で変わるかもしれませんが。
その意味で、メタバースのような仮想空間で異質な他者と出会い、同質性を前提としない「差異の政治」が可能か、というのは興味深い問題です。現実世界では異質な他者を物理的に消せるわけではなく、なんとか共存の道を模索するわけですが、メタバースではそうした異質な存在を運営側が簡単に排除できてしまうし、行動のログもとれてしまう。
一方、対面のコミュニケーションにトラブルを抱えている人などには、国家、家族、職場だけでない別のコミュニティをもてるメリットがあります。複数のコミュニティのひとつとしてのメタバースは良いと思います。だからこそその運営ルールについて、政治空間の構築という面からも議論が必要でしょう。
PROFILE● 東京都出身。専門は政治思想史。2020年に茨城大学に着任。著書に『〈助言者〉ホッブズの政治学』(風行社,2021)。中高大とオーケストラに所属し、音楽は人生の一部。
「大好きなApple製品で動くオリジナルのアプリを作りたくて独学で開発。便利なものを作って友達と気軽にシェアしたい」
中学生になるときに親にiPadを買ってもらってからApple製品の虜(とりこ)です。だんだん自分が作ったアプリをiPadやiPhoneの画面で動かしたいと思うようになり、大学に入ってから独学でアプリ作りを始めました。
最初は、自分の好きなホラー映画の中に出てきた、死ぬまでの時間が表示されるカウントダウンのアプリを作ってみました。もちろん時間は適当ですけど(笑)映画と同じようなデザインで。そのあと、今度はもう少し役立つものにしようと思い、時間割を入力して友人とシェアできるアプリを作ってみました。教務情報ポータルとかのリンクも付けて、茨大生仕様に。友達にも評判がいいです。
茨大では公式アプリは作らないんですかね? こうやって学生のアイデアとか悩みとかを採り入れて、みんなで大学生活をどんどん便利にできるような活動があるとおもしろいと思います。
PROFILE● つくば市出身。土浦第二高等学校を卒業して2022年4月に茨大に入学。現在はひたちなか市に住み、自転車で通学中。
「自動生成される大量のデータに溺れず、それをどう料理し、本質をつかめるか。そこに個人の人間的成熟が如実に出てくると思います」
理工学研究科(理学野)教授 中川 尚子
1980年代にはコンピュータが身近になり、物理学でも数値実験というカテゴリが誕生して、研究の取り組み方が変わっていったんです。そこに今はAIが出てきた。GoogleのAlphaGo(アルファ碁?コンピューター囲碁プログラム)で私たちは機械学習の進化を目の当たりにしたのですが、数値実験においてもAlphaFold(アルファフォールド)という、タンパク質の構造を予測するAIプログラムが出ています。難しいことを考えなくてもAIがタンパク質を動かして、これだというものを自動的に探してくれるんですね。人が時間も手間もかけてやってきたタンパク質の構造決定だけど、これからはそこはAI がやることになって、人間はAIのサポートを受けながら新しい研究分野を作り出す方向に乗り出すでしょう。パラダイムシフトにつながりそうで、ワクワクしています。
これらの大量のデータは学術分野の融合を牽引すると思いますが、これからの学生や研究者には「データに使われない」ような抵抗力や俯瞰力が求められます。自動化してあれもこれも出てくる中で、物理学の歴史的体系の中で残っていくようなシンプルで心地よいルールを選ぶ「目利き」が必要でしょう。目利きになるための経験を積める教育を、私もしていきたいです。
PROFILE● 京都府出身。専門分野は統計力学、非平衡物理学、生物物理学。
「社会のデジタル化への不安に対しては、疑似体験できる媒体があるといいですね。どうしたら安全に使えるかに関心をもつ方がポジティブだと思います」
ブロックチェーンにおける電子署名のプロトコルを研究しています。今後ブロックを早く作る技術とあわせて、量子コンピュータでも解けない暗号技術の確立も必要です。仮想空間がもっとメインになってきたときに、透明性の高い社会になった方がいいですから。
僕がサイバーの世界に興味をもったのは『マトリックス』や『レディ?プレイヤー1 』といった映画がきっかけです。映画や小説で未来のイメージを共有しながら、みんなでデジタル社会をどう安全にするか議論できるといいですよね。
将来はIT系の企業の研究者としていろんな地域で働きたいです。ものづくりの上ではプロトコルだけでなく、すべての人が接しやすいインターフェースも考えなければ普及しません。たとえば左から右へ文字を書く人と、ウルドゥー語のように右から左に書く人とでは、「戻る」「進む」の表示の認識が違うと思います。いろんな方と交流しながらユーザーのイメージを広げて研究や仕事にも活かしていきたいです。
PROFILE● 小学2年生のときに家族でパキスタンから日本へ移住。新潟県内の高校を卒業し、2017年に茨城大学工学部情報工学科入学。水戸市内のクラブで毎月DJイベントも主催。
※肩書きは2023年3月時点の情報です。
この記事は茨城大学の広報紙『IBADAIVERS(イバダイバーズ)』に掲載した内容を再構成したものです。