1. ホーム
  2. NEWS
  3. 阿寒カルデラ湖沼群は湖沼生態遷移の標本庫 ―様々な栄養段階に発達した10湖沼の水質と植生の調査から

阿寒カルデラ湖沼群は湖沼生態遷移の標本庫
―様々な栄養段階に発達した10湖沼の水質と植生の調査から

 北海道釧路市や釧路国際ウェットランドセンター阿寒湖沼群?マリモ研究室の若菜勇室長らを中心とし、茨城大学大学院理工学研究科(理学野)の長谷川健准教授も参加している研究グループが、雄阿寒岳の噴火によって生成された阿寒カルデラ内の10湖沼での地形、水質、水草の植生の調査により、この湖沼群がもつ「淡水生態系の標本庫」ともいえる高いポテンシャルを明らかにしました。この成果は、世界自然遺産への登録に係る評価基準の達成を示唆するものとなり、今後の同地域の世界自然遺産登録につながることが期待されます。
 調査?研究の成果は、2023年4月23日、オランダで発行されている陸水?海洋生物学の専門誌「Hydrobiologia」に掲載(オンライン)されました。

詳しい情報は北海道釧路市のホームページにて公表された以下の内容をご参照ください。
https://www.city.kushiro.lg.jp/machi/kankyou/1004295/1008323/1011792.html

 この調査?研究は、釧路市が2012年から取り組んでいる阿寒湖及び周辺地域の世界自然遺産登録の推進活動の一環で行われたものです。
 湖沼は長い時間をかけて貧栄養状態から中栄養、富栄養と水質の富栄養化が進み、それとともに土砂堆積による浅化も進んで最終的には湿地となるとされています。この過程は生物学の教科書に掲載されるなど一般に広く知られているものの、実際には長い時間がかかることから、継続的に観察することは困難です。

pict_01.jpg

 一方、阿寒カルデラ湖沼群のカルデラ湖は、形成時期や初期環境は類似していると考えられるものの、今回調査した10湖沼の水質(栄養状態)は多様で、貧栄養、中栄養、富栄養、及び腐植栄養に分類されたということです。この特徴から、本研究グループでは「阿寒カルデラ湖沼群の事例は、カルデラという環境が比較的均一な巨大な入れ物を火山噴火によって大小の集水域や水域に分断し、数千年かけて進化した湖沼の現状を示す大規模な実験に例えることができ、さらに湖沼生態遷移の過程が系列として揃っている点で、淡水生態系の標本庫と捉えることができる」と説明しています。

pict_02.jpg

 湖沼の生態推移を進める富栄養化の速度は、原理的に、湖沼の大きさと集水域の面積及び肥沃度によって決まると言われていますが、これまで実証されたことはありませんでした。
 阿寒カルデラ湖沼群については、集水域の肥沃度に大きな違いはないと見られますが、今回の調査では、全リン濃度と、湖沼の大きさに対する積算集水域面積比との間の相関が確認されました。これは、富栄養化速度が湖沼の大きさと集水域の面積によって決まることを示した初めての例です。

 他方、水草は7湖沼で21種が確認され、種数は湖沼の規模が大きくなるにつれて直線的に増加しました。また、水草の分布の様態には、種によって貧栄養湖、中栄養湖、腐食栄養湖のいずれかに分布する場合と、貧-中栄養湖、貧-中-富栄養湖に広く分布する場合があり、各湖沼における種構成は、これらの組み合わせによって決まっていました。
 水草の種構成の決定機構については、従来、栄養状態の違いをはじめとする様々な環境要因に影響されると考えられてきましたが、この結果は、同一水系に属する湖沼群の多様な栄養状態(湖沼型)と水草の固有な栄養要求性が整然と対応している点で極めて特異的であり、この知見も過去に例がありません。

pict_03.jpg

 今回の調査の過程や結果からは、阿寒カルデラ湖沼群が、湖沼生態推移の過程を可視化する環境として高いポテンシャルを有していることがわかります。
 釧路市によれば、このような特徴は、世界自然遺産に要求される登録基準(クライテリア)Ⅸ、「生態系」の「陸上?淡水域?沿岸?海洋の生態系や動植物群の進化発展における、重要な進行中の生態学的?生物学的過程を表す顕著な見本であること」に該当する可能性が高いということです。
 また、今回の成果は、湖沼研究において、起源と生成時期を同じくする湖沼群の比較研究という新しいアプローチをもたらしました。釧路市の発表では、「今後、こうした観点からも、阿寒の自然環境に秘められた『顕著で普遍的な価値』を見出し、磨き上げてゆくことが大切」としています。

論文情報

  • 論文名:Varying stages of ecological succession in lakes subdivided by volcanic eruptions at Akan Caldera, Japan(阿寒カルデラの火山噴火によって細分化された湖沼群における生態遷移の多様なステージ)
  • 著者名:若菜勇(釧路国際ウェットランドセンター)?角野康郎(神戸大学大学院理学研究科)?占部城太郎(東北大学大学院生命科学研究科)?田村由紀(環境コンサルタント?株)?鈴木芳房(海洋探査?株)?山田浩之(北海道大学大学院農学研究院)?尾山洋一(筑波大学生命環境科学研究科)?和田恵治(北海道教育大学旭川校)?長谷川健(茨城大学理学部)?大原雅(北海道大学大学院地球環境科学研究院)
  • 掲載誌:Hydrobiologia(オランダで発行されている陸水?海洋生物学の専門誌)
  • DOI1007/s10750-023-05231-5
  • 公表日:2023年4月23日(オンライン公開)