機械学習?AIを活用した有価証券運用支援ツール開発へ
―常陽銀行との共同研究の中間成果報告会 新たな就業体験も創出
茨城大学と常陽銀行は、産学連携の取り組みとして有価証券運用における機械学習?AI活用をテーマとする共同研究を行っています。その中間成果報告と記者発表会を兼ねた公開ミーティングが5月17日に常陽銀行つくばビルで行われました。
この共同研究は、茨城大学大学院理工学研究科(工学野)の鈴木智也教授(専門:機械学習?金融工学)の研究室と、常陽銀行市場金融部との間で、昨年(2022年)1月から実施しているものです。
月1回程度のオンラインもしくは対面のジョイントミーティングを重ねながら研究課題の整理や分析ツールの開発、プログラミングの実装などを進めています。
>>【参考記事】工?鈴木智也教授と常陽銀行市場金融部の共同研究―機械学習で有価証券の運用力強化を目指す 研究と教育が一体の場|NEWS|
ミーティングには、茨城大学より、鈴木教授とともに工学部4年~大学院理工学研究科博士前期課程2年の学生5~6人が参加しています。常陽銀行からは運用実務における経験則や相場観をもとにした研究仮説や分析アイデアが提供され、それを受けて学生たちがさまざまなアプローチから検討を重ね、結果や知見をミーティングで発表します。その内容をもとに、銀行としての業務上の課題や関心、機械学習を活用する工夫や効果などをめぐって、活発な議論を行っています。
こうしたプロセスを重ねた結果、常陽銀行の業務で活用できる新たなアプリケーションの開発が見込まれるようになりました。今回行われた公開ミーティングでは、学生たちがデモ画面を見せながらプレゼンテーションを行い、実装に向けた率直な意見交換が行われました。
株式や国債といった有価証券の運用を行う上では、膨大な銘柄における過去の値動きや、業種別の特徴、さらには社会の動きや投資家心理なども加味しながら、売買のタイミングを見きわめることが重要となります。しかし、対象となるデータは膨大に存在し、人間の力だけで分析?判断するのは困難です。そこで機械学習?AIの活用が期待されています。
博士前期課程1年の澤畑英介さん、織田望夢さんは、似たような値動きをする2つの銘柄に注目し、その差額の変動を利用して利益を上げる「ペアトレード」という手法において、最適なペアや売買条件を見つけるためのツールを提案しました。
その組み合わせを考える上での膨大なルールや条件から、AIが最適なものを提案。アプリケーション上では、提案されたルールに基づいて運用結果のシミュレーションを行うことができ、その分析結果を踏まえて人間が売買を判断します。アプリケーションの画面では、条件とパフォーマンスとの対応関係がわかりやすいような色付けを行うなど、実務での使いやすさも考慮されていました。
発表後のディスカッションでは、常陽銀行の担当者から「株価があとどのぐらい上昇?下落したら投資すれば良いか、事前に適切なタイミングを可視化できると良い」「ルールの最適化の上で運用期間を柔軟に設定できるようにしたい」といった具体的な質問や要望が示されていました。
また、博士前期課程2年の圷智大さんは、金融市場の「過熱度」を機械学習?AIによって可視化することに挑戦しています。投資家は常に合理的な動きをするわけではなく、行列ができるお店にはつい並びたくなるように、多数派に合わせて横並びの行動をすることがあります。こうした、合理性を超えて売買が過熱する状態を数値で捉え、グラフで可視化するツールを開発しました。
いずれのアプリケーションにおいても、売買についての最終的な選択を行うのは機械ではなく人間であるという点が共通しています。この点について澤畑さんは、「機械学習では、過去を学習しすぎることによる『データ?マイニング?バイアス』が生まれる可能性がある。それを排除するためにも、最終的に人間が妥当なものを厳選することが必要」と述べます。
この点については、当日出席した報道機関のみなさんからも、「銀行における有価証券をどこまでAIに任せるのか。説明責任はどうなるのか」という質問があり、関心の高さがうかがえました。
鈴木教授は、「AIは人間にとってわかりづらい答えを出すことがある。人間自身が理解できないような判断をしてしまえば、説明責任が果たせなくなるので問題。人間の理論的な研究の積み上げをもとにAIが人間にとってわかりやすい情報を示し、それをもとに人間が最終的な判断を行う。私たちが研究開発しているのはその支援システムだ」と説明しました。
さて、この共同研究の取り組みには、アプリケーションの開発や運用技術の高度化に加えて、学生にとっては新たな就業体験の創出という側面もあります。
常陽銀行市場金融部の鈴木隆司次長は、「従来のインターンシップとは異なるあり方。学生のみなさんには、実際に研究した内容が実務の世界でどのように活かされているのかを体験することで、研究に対するモチベーション向上につなげてもらうとともに、就職先としての常陽銀行の魅力も伝えたい」と話します。
実際、今年の4月には、昨年度まで鈴木研究室のメンバーとしてこの共同研究のプロジェクトに参加していた塚原悠輝さんが、常陽銀行に採用されました。現在はひたちなか支店で新入行員として銀行業務の習得に努めています。
茨城大学では、来年(2024年)4月の設置を構想している「地域未来共創学環(仮称)」において、学生が企業や自治体と雇用契約を結び、有給で働きながら課題解決を担う「コーオプ教育」を採り入れる予定です。今回の常陽銀行との取り組みは、大学と企業等の新たな連携の形を先取りするものともいえるでしょう。
今回学生たちが報告したアプリケーションは、今後も改良を進め、年内には常陽銀行の業務において実装したいとのことです。茨城大学と常陽銀行の共同研究は今後も継続していきます。
(取材?構成:茨城大学広報室)