教育学部社会科教室に国土地理院から感謝状
―村山朝子教授に聞く 「いばらき児童生徒地図作品展」の経緯と展望
茨城大学教育学部の社会科教育教室が、このたび国土地理院から「令和5年度測量?地図の感謝状」を授与されました。これは、「いばらき児童生徒地図作品展」を10年以上にわたって運営してきた功績が評価されたものです。「いばらき児童生徒地図作品展」の経緯やこれまでで印象に残っている作品、最近の課題や展望について、村山朝子教授に話を聞きました。
―「いばらき児童生徒地図作品展」の経緯を教えてください。
村山「児童生徒の地図作品展は全国各地で行われています。主催は教育委員会や自治体、NPO法人、大学などさまざまです。そして優秀作品を一堂に集めた「全国児童生徒地図優秀作品展」が、国土地理院「地図と測量の科学館」(つくば市)で毎年行われていることもあり、茨城県内でも同館周辺の県南地域の小中学校が参加する形で2000年に作品展が始まりました。その後、2011年に茨城大?筑波大の社会科教育や地理学関係の教員などで作る新たな研究会が発足し、運営を引き継いでいます」
―全国各地で開催されているとのことですが、「いばらき」の特徴は?
村山「今回の感謝状授与につながる点だと思いますが、学生たちが展示や表彰式に関わっている点がまさに特徴といえると思います。毎年大学の図書館で2週間展示を行っているのですが、その設営やレイアウトを学生が担っています。さらに表彰式の運営も学生が行っていて、そこでは学生たちが受賞者へのメッセージやアドバイスも伝えています。これは受け取った子どもたちの励みになるだけでなく、教員を目指している学生たちにとっても大きな学びになっています。コロナ禍では動画配信などもくふうしてもらいました」
―10年以上活動を続ける中で、印象的な作品もたくさんあったと思います。
村山「本当にそうです。子どもたちの制作意欲、作品にかけた時間と労力、想いが伝わってくる作品ばかりです。
私たちが関わり始めた2011年度は、東日本大震災を受けて津波や防災をテーマにしたものが目立ちました。日立市の田尻小学校から応募のあった「地震、津波、その時わたしたちは」という題名の津波被害の地図などは強く印象に残っています。
避難所や洪水時の浸水予想など、防災に関わるテーマは現在でも多いのですが、最近特に増えたのが学校の統廃合問題を扱った作品ですね。たとえば、つくば市内の学校分布を時期別にドットで透明地図に表して、それを1枚ずつ重ね合わせ、見る人がめくれるようにすることで、地図上で時間軸をも表現した作品がありました。さらには過去の情報だけでなく、「将来こうなってほしい」という願望を示した透明地図も最後に加えてあった点は、私たちの予想を超えてきましたね。「将来」といってもほんの5年後なのですが、子どもたちにとっては「5年」という時間は大きいんですよ。
学校の統廃合というテーマでは、常陸太田市の学校に通う姉妹が一緒に作成した作品もすばらしかったです。自分たちの学校がまさに統廃合の対象となり、学校名も変わるというタイミングだったので、彼女たちにとって自分ごとだったんですよね。しかも彼女たちは教育委員会や学校にも取材して、問題を追究していくんです」
―地図そのものの作品性だけでなく、それを作る上での子どもたちの問題意識や調査の過程、さらにはその結果見えてきた新たな課題までも見えてくるということですね。かなり本格的な地域学習という印象です。
村山「まさにそのとおりです。しかもおもしろいのは、大人では気付かないような、子どもらしい着眼点で調べ始めたことが、思いがけない事実の発見につながることがあるところですね。
たとえば、まちの中に残っている「火の見やぐら」のあとに興味を持ち、他にどこにあるかを市内で探し回って、地図上に表したという作品がありました。そんな地図はこれまで誰も作っていなかったと思うのですが、その分布を見ると、取り壊された地区、残っている地区、もともとない地区と、見事に地域ごとの都市化の状況が浮かび上がってくるんですよ。
それから、一人あたりのゴミ排出量を市町村別にまとめ、人口構成や地域の産業などとの関係を探った作品がありました。つくばみらい?取手?守谷?常総の各市は、若い人の割合が多いのにも関わらずゴミ排出量が少なかったということで、これらの市の共通点を探したところ、自治体の指定ゴミ袋の大きさがいずれも30リットルだったというんですね。一般的には45リットルが多いのに対し、指定ゴミ袋のサイズが小さい自治体で一人あたりゴミ排出量が減っていたという。これ、すごい発見ですよ」
―それはおもしろいですね。論文として発表してほしいぐらいです。最近はアクティブ?ラーニングや、対話的で深い学びということが言われていますから、地図の作成という活動はますます注目されそうですね。
村山「そう思うのですが、実際には特に小学校単位での応募が近年減っているのが現状です。一方で中学校単位の応募は増える傾向にあります。いずれも背景には、学習指導要領の改訂もあると思います。最新の小学校の指導要領では、3年生の社会科の項目から「野外での観察?調査活動の実施」という記述がなくなってしまったんです。反対に中学校の指導要領では野外活動の実施が強調されています。
教員の負担を減らす動きも影響しているかも知れません。安全や防犯の観点もあって、小学校で校外に出て学区調査をすること自体が減っているようです。そもそも教員たちが自身の勤務校のある「地域」にどれだけ関心をもち、自ら歩けているか、ということも気になりますね。
一方で小学生の個人単位での応募は増えています。ご家庭が熱心ということもあるかと思いますが、地理や交通に強い興味を持っているような子どもたちが表現し、評価してもらえる機会を、私たちとしても引き続き大事にしたいと思っています」
―デジタル化によって、子どもたちにとっての「地図」の関わりも変わってきているのかもしれませんが、やはり自ら野外に出て調査活動を行う時間は大事にしてほしいですね。
村山「屋外を自分で歩いて地図に表現する体験は、空間認知能力を身に付ける上でとても重要です。Googleマップを使えば、世界中のどこへでも飛んでいけるような気になるし、それで学べることもありますが、それはあくまで点から点の瞬間移動で、自分の身体と現実の世界とのつながりという点では希薄です。自分だけで移動できる範囲の世界でいろいろなことを見つけ、それを他の人と共有するという点で、地図の作成というのはやはり優れた教材だと思いますね」
―子どもたちの視点をもとに地域の姿を描き起こしたという点では、単に子どもたちの作品ということに留まらず、地域資料としても実は価値があるのではないでしょうか。今後、そういう観点での活用は?
村山「重要なご指摘ですね。これまで地図作品展の報告書を学校関係者や教育委員会に送付するなどしてきましたが、今後はより広く、社会に向けた発信が大事だと思っています。じつは将来的には、小中学生が作った地域の地図の図鑑のようなものが作れたらおもしろいな、と思っているんです。もう名前も考えてあるんですよ。「いばらき地図鑑」って。どうですか?(笑)さきほどもお話ししたように、小学校単位での応募が減っているなど、継続は大変な面はあるのですが、子どもたちのためにも地域のためにも、「いばらき地図鑑」の作成も目指して、少しでも長く続けていければと思います。今年度も多くのみなさんからの応募をお待ちしています」
(取材?構成:茨城大学広報室)