工?都市システムの学生&教員らが挑んだ「続?水戸空間診断」
―「駐車場を『地』でなく『図』として」水戸芸術館との企画が新たな視点拓く
水戸芸術館で現在開かれている「アートセンターをひらく2023―地域をあそぶ」という企画展(10/9まで)では、茨城大学大学院理工学研究科都市システム工学専攻で教鞭をとる一ノ瀬彩助教、久野靖広准教授、稲用隆一助教の3人と建築デザインプログラムの学生有志が参画する「続?水戸空間診断」というプロジェクトの成果が展示されています。水戸芸術館と大学?NPO法人の連携で約20年前に行われた「水戸空間診断」をアップデートし、たどり着いたのは、中心市街地に増えゆく駐車場に新たな光を当てて都市空間を見直す視点でした。
水戸空間診断とは
ここにA5サイズの1冊の本があります。タイトルは「dead or alive 水戸空間診断」。水戸の都市空間の建築を調査して、「生きている建築」「廃業」「廃墟」「駐車場」「空地」「生き返り」に分類した、水戸の「健康診断地図」。冊子では実際の建築の写真と「診断」結果が紹介され、さらに「サバイバルレポート」として、水戸の市街地が近い将来に直面するかも知れない姿が描出されています。
このプロジェクトを進め、冊子の編著者としてクレジットされているのが「筑波大学貝島研究室+アトリエワン」。作られたのは2004年で、この当時水戸芸術館では市街地を使った「カフェ?イン?水戸2004」という企画展を展開しており、このプロジェクトも当時、大学、水戸芸術館、景観の課題に取り組むNPO法人の3者の連携で進められました。
裏表紙をめくると「著作?編集者一覧」として顔写真と名前が記載されており、その中に、現在は茨城大学大学院理工学研究科(工学野)に所属している一ノ瀬彩助教の名前もクレジットされています。
このプロジェクトから20年近い年月が経ち、大学と水戸芸術館の協力によって、再び「水戸空間診断」が行われることになりました。当時学生だった一ノ瀬助教が、今度は大学教員としてプロジェクトを編成し、同僚である茨城大学工学部都市システム工学科の建築デザインコースを担う複数の教員と学生たちとともに、新たな視点での「診断」に立ち上がったのです。
その「成果」が、水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催されている「アートセンターをひらく2023―地域をあそぶ」展で展示されています。クレジットされた作家名は、「一ノ瀬彩+久野靖広+稲用隆一+山田脇太+加藤研(監修 貝島桃代/アドバイザー 平井正俊)。このうち一ノ瀬、久野、稲用の3人が茨城大学の教員です。
「『水戸空間診断』をまたやらないか、という構想は5年ぐらい前からあったのですが、それからコロナ禍を挟んで、水戸市民会館のオープンと連動した企画展が水戸芸術館で行われることになり、その企画展にアーティストとして招聘いただく形でギャラリーでの展示という計画に発展しました。それは大学での活動と社会とを接続するような貴重な教育の機会になるので、久野先生と稲用先生にも相談させていただき、学生たちと必死に楽しく準備をしてきました」
水戸芸術館の企画展の一環としてホワイトキューブに展示されるとなれば、多くの人に成果を見てもらえるものの、成果物として期待されるクオリティのハードルが一気に高くなります。一ノ瀬助教は、世界中を飛び回っている恩師の貝島桃代さんや筑波大の先生たちとも連絡をとり、20年前の記憶を辿りながらプロジェクトを進めていきました。
再び市街地を調べ、20年前のメンバーと議論
まずは2004年の「空間診断」の情報を、現在の情報にアップデートしていくことから始めていきました。昨年(2022年)秋から、プロジェクトメンバーの教員と茨城大学?筑波大学の建築系の大学院生の有志とで、当時の冊子とマップを手にしながら、それぞれの建築(のあった場所)を見て歩きました。そして、当時起こされた図面に重ねるようにして、現在の姿を図面に起こしていきます。
水戸芸術館のギャラリーでは、実際に2004年と現在の図面をそれぞれ印刷したトレーシングペーパーを重ね合わせて展示しているため、その変化が一目で分かるようになっています。
一方、2004年の「診断」とはスキームを変えた点もありました。市街地の建築を診断するスケールの見直しです。2004年の診断では、「dead」と「alive」という一方向な段階分けによって建築を仕分けていました。それに対して今回は、2004年との比較ということもあって、「空地化」「駐車場化」「用途縮小」「変化なし」「用途拡大」「建替/新築」という形で、一旦ニュートラルな視点で診断を実施したのです。この見直しは、筑波大学の加藤先生を中心にプロジェクトメンバーで議論しながら進めました。
さらにこれらの調査結果が一旦まとまった段階で、2004年当時に「診断」を行った筑波大学の卒業生らとの意見交換も行いました。当時の経験や方法を引き継ぎつつ、現在の技術や価値観を踏まえてアップデートされた「続?水戸空間診断」の視点の可能性について振り返りました。「留学生も複数名いた筑波大学とのグループワークやすでに社会にでて建築実務に携わっている卒業生とディスカッションを行いました。学生たちにとっても刺激的だったみたいですよ」(一ノ瀬助教)。そのときの卒業生らとのやりとりをまとめた動画は、ギャラリーのモニターで上映されています。
コンテンツによる分類 「シェア」「ケア」という新たな切り口も
続いて取り組んだのは、「コンテンツレポート」。
これは2004年の「診断」のときに、水戸の市街地の機能を「ファッション」「カルチャー」「スポーツ?パーク」「ナイト」といったコンテンツごとに分類し、それを複数の時間軸ごとにまとめたもののアップデートです。
ここでもまずは水戸の市街地を歩いて調査することから始め、そこにさまざまなデジタルの地理データを組み合わせながら分類を進めていきます。「20年前はゼンリンの地図と足に頼るしかなかった」と振り返る一ノ瀬助教。技術?メディアの進展は、2004年の時との大きな違いです。
また、変化したのは調査のための技術だけではありません。都市機能における「コンテンツ」の考え方も変化しています。
今回新たに加えた分類項目が、「シェア?ケア」。ひとつのものを複数の異なる人たちでシェアして活用するシェアリングエコノミーの広がりや、子育てや介護といったケアに関わる拠点の増加は、この20年間の社会の象徴的な変化といえるでしょう。
これらの調査を踏まえて、学部3年生の学生たちと水戸の市街地空間の持続可能性を高めるためのアイデアを練り、それぞれの建築設計課題として取り組みました。水戸芸術館の2階の回廊部分では、それらをブラッシュアップしてまとめた模型とパネルがずらりと展示されています。
たとえばある学生が提案したのは、「縫いみち」というコンセプト。模型では、建物がなくなって空地化している場所の合間を縫っていくような形で、空中道路がくねりと延びる様子を目にすることができます。もともと道路の周りに建物が作られて形成されていった都市。そこから今度は建物が減っていく中、それによって生まれた新たな空間にポジティブな価値を見出だして、新たな景観と公共性をもたらす「道」をつくっていく――。これと同様に、学生たちが提案するプロジェクトの数々は、水戸の市街地のコンテンツ分布の歴史への理解をベースに、現状の都市環境に新たな視点をもたらすアイデアに満ちていました。
駐車場を「地」ではなく「図」として
昨年夏からリサーチや提案を検討し、プロジェクトを進める中で、3人の教員が「どうしても避けて通るわけにはいかない」と強く考えるに至ったポイントがありました。
それが「駐車場」です。
2004年の「診断」のときも、中心市街地における駐車場の急増が指摘されていました。当時の調査で、駐車場の割合は17%。5%程度だったという1987年からの20年足らずで3倍になっていたのです。そして今回の調査の結果、駐車場率は23%。実に4分の1に迫る数字です。
「2004年の『空間診断』で『dead』の象徴のように指摘した問題でしたが、それからさらに駐車場は増えていきました。共通の問題意識を以前から持っていた久野先生、稲用先生との議論を通して、今回改めて『空間診断』に取り組む以上、単に20年前と同じ視点で診断するのではなく、増加し続ける『駐車場』の価値を、都市空間の新たなポテンシャルとして前向きに捉え直そうということになりました」(一ノ瀬助教)
そこで、久野准教授が担当する大学院博士前期課程1年向けの「建築都市デザインスタジオ」という設計の授業で、駐車場の併用化というテーマを扱うことに決定。今年の前期、学生たちがまさにこのプロジェクトを受注した「スタジオ」のメンバーという立場で取り組みました。「パーキングスタディーズ」のスタートです。
受講者の1人である飯島昂也さんは、「『駐車場』と聞いて最初は面食らいました。普通に建物のこととかやるつもりでいたので...」と当時の驚きを振り返ります。
何はともあれ、まずは水戸の市街地を歩いて、駐車場をリサーチ。その際、教員らが重視したのは、「駐車場を『地』ではなく『図』として見ること」。見方によって人の横顔に見えたり花瓶に見えたりする有名な絵のように、何を「地」(背景)と見て何を「図」(前景)として見るかによって、見える世界は変化します。駐車場はこれまで「地」として一緒くたに見られがちでしたが、これを「図」としてポジティブに注目すると、その個性や新たな価値が立ち現れてくるのです。
学生たちと水戸の市街地の駐車場を調査して、その特徴を書き出し、KJ法などを使って分類していきました。その結果、15に及ぶ分類法を編み出しました。
狭い敷地を活かした「ミニマル」、構造上駐車場内で回転ができない「難易度☆☆☆」、建物の隙間から水戸芸術館のタワーを臨める「アートタワービュー」、もともと別の経緯で生まれた駐車場同士の連続性を感じさせる「ピロティトンネル」「パーキングウェイブ」「もうすぐ回廊」、建物を剥がすことで水戸の土地の特徴を再び顕わにしている「お堀発掘」......など。
ユニークなコンセプトと名称に彩られた、水戸の駐車場百景ともいえるその全容は、ギャラリーの白い壁一面にマップ化され、水戸の市街地を見る視点に新しい価値をもたらします。
「建築都市デザインスタジオ」は設計の授業なので、当然、調査と分類だけでは終わりません。むしろここからが本番。学生?教員たちは、調査から立ちあらわれた駐車場を見る視点を踏まえて、新たな都市デザインへと取り組んでいくことになります。
馬の背のような地形の水戸を舞台に、駐車場を中心にした新たな都市デザインを考えるといっても、先行研究が多くあるわけではありません。まずは、そもそも一体何をデザインすれば良いのか、設計の「対象」を見出だすことから始めました。
議論と考察の結果、デザインの対象として4つのアプローチに整理。
ひとつが「Park & CAMP」。これは「人が集まる=CAMPする駐車場ロット」をデザインするというもので、たとえば本棚とカーテンに囲まれ、1台の車の中で静かに時間を過ごす空間などを提案しています。
ふたつめが、「公園」のParkとあわせた「Park & Park」。駐車場を「中庭」に見立てて周辺の建物との新たな関係を作り出すという提案です。
3つめは「Park & Flow」。これは、駐車場同士や建物、他の敷地との境界を公共空間として活用することで、人と車の「モビリティハブ」を創出するというものです。
最後が「Art Tower Script」。上述の「アートタワービュー」に代表されるように、水戸芸術館のタワーの景観が出現していることを踏まえ、そうした視線と動線を物語としてつなぐようにしながら面状都市を構築するという提案です。
これらはまさに「駐車場を『地』ではなく『図』として見ること」からしか生まれない、新しい「水戸」の都市空間の提案といえるでしょう。
設計のプロセスでは交通工学が専門の平田輝満教授にも参加してもらい、都市交通の観点からさまざまな助言をもらいました。そして展示の構成にあたっては、建築?都市デザインの専門性を活かして市民とのコミュニケーションの場づくりに取り組むというワークショップの授業と連携し、展示室の中央の大きな展示台や壁面に「パーキングスタディーズ」の成果を表現していきました。さらに、すっかり「パーキング」マニアとなった教員と学生たちは、「Mito Parking Times」なる新聞&ガイドマップを作成し、オリジナルのTシャツまでデザイン。プロジェクトがどんどん立体的に展開していき、「続?水戸空間診断」としてのオリジナリティがぐっと高まりました。
次のステップへ向けて
工学部都市システム工学科と理工学研究科都市システム工学専攻では、毎年のようにこうした課題に取り組み、卒業制作展や修了制作展も開催して積極的に成果を発表しています。この会期中も、9/9~9/11の4日間、水戸芸術館の隣の水戸市民会館では「茨城大学建築卒業設計展」が開かれていました。
一方、水戸芸術館のギャラリーは、アートに興味のある人たちなどが入場料を支払って展示を見に来るだけに、「作家」である教員や学生たちと来場者との間に、独特の緊張感が生まれます。
その意味で、水戸芸術館のような「アートセンター」と連携して「水戸」という都市の再考とその表現に取り組むという経験はきわめて貴重なものであり、その連携から生まれる期待や使命感の大きさが、プロジェクトとその成果を高いレベルへと引き上げたという面もありそうです。
一ノ瀬?久野?稲用各教員と博士前期課程1年の学生たち
展示を訪れた方々からは、「この新しい視点を、水戸市の都市計画に実際に取り入れてもらうようにプレゼンした方が良いのでは」という声が少なからず寄せられているとのこと。また、20年前と同じく、今回の成果を印刷物の形でしっかり残してほしい、という意見もあります。
展示ができてまずは一段落...という一ノ瀬助教も、「これをきっかけに、大学のいろんな分野の先生や学生のみなさん、地域のみなさんにも興味をもっていただいて、今回の提案がひとつでも実現されれば」と語っていました。
「続?水戸空間診断」が展示されている「アートセンターをひらく2023―地域をあそぶ」は、水戸芸術館現代美術ギャラリーほか連携会場にて10月9日(月?祝)まで開催。入場料は一般900円。今回の企画展は大学生の入場料が無料です(証明書が必要)。
(取材?構成:茨城大学広報室)