藤原貞朗教授『共和国の美術』が第33回吉田秀和賞を受賞
―「地方からでもいい仕事を発信することができるということを学生たちに伝えたい」
人文社会科学部教授で五浦美術文化研究所の副所長を務める藤原貞朗教授の著作『共和国の美術―フランス美術史編纂と保守/学芸員の時代―』(名古屋大学出版会,2023)が、第33回吉田秀和賞を受賞しました。芸術評論の分野では国内屈指の同賞。授賞式は毎回水戸芸術館で行われますが、茨城在住者の受賞は今回が初めてということです。
本著作は、フランス第三共和政の末期の学芸員たちによる美術史編纂の実態を考察したもの。フランスの美術のアカデミーでは、かつてはマネなどのモダンアートが異端とみなされていましたが、普仏戦争や第1次世界大戦を経て、それらのモダンアートもフランス美術の正統として受容するような、ナショナリスティックな美術史観が形成されていきます。同書では、その歴史編纂を務めとした学芸員=公務員たちが、グローバル化が始める時代に適応し、あるいは葛藤しながら、ローカルな視点で美術史を再構築していく姿を、丹念に描き出しています。
共和国の学芸員たちは、マネや印象派、さらにキュビスムなどの革新的であった芸術家たちを、百年ないし半世紀のタイムラグを巧みに利用しながら保守的解釈へと変換する美術史編纂を敢行したのである。印象派のルーブル美術館入りやマネと印象派の特別回顧展の開催という現象は、ともすれば、フランス美術史における「革新派」美術の勝利として理解されがちである。......しかし、これから本書が語ろうとする両大戦間期のフランス美術史編纂は、そんな爽快で心地よい物語を提供してはくれない。かつての革新派が保守の神殿に迎えられたのは、その勝利が認められたからではなく、懐柔ないし転向を強いたうえで保守のもとへと回収されたからである。(同書p.12より) |
本著作について藤原教授は、「フランス留学から30年をかけて研究してきた内容で、こんなに苦労したことがないというぐらい苦労したが、自分でも不思議なほど無欲、無心に書けた」と述べました。また、公務員としての学芸員の「保守」という所業によって美術史が形成されていったという本書の内容については、「日本人だから書けたのかもしれない。フランスの人に話しても今ひとつ理解してもらえないところがある」と話しています。
今回藤原教授が受賞した吉田秀和賞は、水戸芸術館の初代館長を務め、音楽を中心に芸術評論に多大な功績のあった吉田秀和氏(1913-2012)の名を冠し、当時の日本では珍しい芸術評論を対象とした賞として1990年に創設されました。これまで、吉田氏の他、加藤周一氏、武満徹氏、磯崎新氏といった著名な人たちが審査委員を務め、現在は、堀江敏幸氏、片山杜秀氏が審査委員となっています。今回は149点 の候補作品が寄せられました。
第33回吉田秀和賞の授賞式は、11月11日(土)、水戸芸術館会議場で行われました。
冒頭、あいさつに立った公益財団法人水戸市芸術振興財団の大津良夫常務理事は、「これまでは都内や京都の受賞者が多かったが、水戸芸術館が運営する賞としては、茨城県内、水戸市内の人から受賞者が出ることを心待ちにしていた。念願がかなったという想いだ」と吐露しつつ、「そうした私の郷土愛は一切関係なく、厳正な審査を行ってきた結果だ」と付け加えました。
水戸芸術振興財団?大津事務局長から表彰状を授与された藤原教授
審査委員のひとりである評論家の片山杜秀氏は、藤原教授が茨城大学五浦美術文化研究所の所長を務めていたことに触れ、「極端に言えば、日本や東洋の美術史をつくるということ、どういう作品を選ぶかというひとつのモデルを、岡倉天心がつくった。今の私たちはその史観を当然視して、それを天心がつくったものだとはもはや考えない」と指摘し、同じような例として、南朝を正統と見なす史観を提供した水戸学や、クラシックの体系を人びとに示した吉田秀和氏の所業を紹介しました。
ユーモアを交えながら祝辞を述べた評論家の片山杜秀氏
その上で、藤原教授の著作では、天心や徳川光圀のようなヒーローではなく、「いろんな人が参加する共和国の市民的な価値観の中で、フランスという自己のイメージを作り、コンサーブ(保守)して価値づけて世界に伝えるということ。そうした長生きする価値観、デザインが、誰を主役とするのでもなく成り立っていったということを、ものの見事に書いている」とし、「何が名作かよりも、なぜそれが名作になっているのかを究明するようなこの土地で、この作品に賞を贈れることを嬉しく思う」と語りました。
また、藤原教授からの推薦を受けて祝辞を贈った名古屋大学出版会の専務理事?編集部長である橘宗吾氏は、藤原教授のこれまでの著作も挙げながら、「いずれの本もある種の変化球、回り道のようなアプローチをしているのに、読み終わったときにはまっすぐ、直球、そのものズバリを書いているという感覚が残る」と評価。また、藤原教授の文章の特徴について、過去の賞の論評の言葉を引いて、「公平にして明朗」と指摘。本作についても、「『保守』がキーワードでありながら、保守的なものにベッタリ入っていくわけでもなく、かといって革新の立場から糾弾するのでもなく、実にバランスがよく、読んでいて小気味が良い。それが藤原さんの文章だ」と称えました。
今回の受賞について、藤原教授は、「地元の大きな賞としていつか欲しいなとずっと思っていた賞。非常に誇らしい。そして誰よりも茨城大学の学生に対して、地方でもいい仕事をすれば必ず認めてもらえるということを、胸を張って言えることが嬉しい」と、喜びを語りました。
授賞式にはゼミの学生(左)が花束を手に駆けつけた 太田寛行学長も交えて記念撮影
(取材?構成:茨城大学広報室)