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雪解けの妖精の進化史
ー日本に生息する希少種キタホウネンエビ類の分子系統学的研究

 茨城大学大学院理工学研究科(工学野)の北野誉教授と元大学院生の田畑光敏さんの他、ククマシステムデザイン、アクアマリンいなわしろカワセミ水族館、北海道立総合研究機構、山形県自然公園、下北自然学巣、酒田ユネスコ協会、山形大学が参加したグループが、日本に生息する希少種キタホウネンエビ類3種(キタホウネンエビ、シレトコホウネンエビ、チョウカイキタホウネンエビ)の分子系統学的解析を核遺伝子とミトコンドリア遺伝子の両方から行い、その進化史を明らかにしました。本研究は、日本に生息する希少種キタホウネンエビ類の分布と遺伝子移入の様式に関する示唆を提供するものであり、また、分子系統学的研究において核遺伝子とミトコンドリア遺伝子の両方の解析を考慮する重要性を強調するものです。
 本研究成果は、米国科学雑誌「Molecular Phylogenetics and Evolution」に、2024年2月24日(土)にオンライン版が公開されました。

研究の内容

 積雪地域において、春先に雪が溶けて融雪プール(1)という一時的な水たまりができることがあります。キタホウネンエビ類はこのような融雪プールで生まれ、繁殖し、水が干上がる夏前に生涯を終えます。キタホウネンエビ類の耐久卵は乾燥状態のまま次の春を待ちます。

ebi_01.jpg 図1 青森県下北半島の融雪プール。

 キタホウネンエビ類は節足動物門甲殻亜門鰓脚綱無甲目に属する小型の甲殻類で、日本には、知床半島に生息するシレトコホウネンエビ、北海道と下北半島に生息するキタホウネンエビ、山形県鳥海山山麓と福島県会津地方に生息するチョウカイキタホウネンエビ(2)の3種が知られています。非常に限られた場所のみに生息し、また春先のほんの一時期にしかみることができない希少な生物です。これらのキタホウネンエビ類は、春先の水田にみられるホウネンエビとは科レベルで違います。なお、キタホウネンエビ類やホウネンエビが属する無甲目は、英語でfairy shrimp(フェアリーシュリンプ)と呼ばれています。

図2 山形県鳥海山山麓のチョウカイキタホウネンエビ。 図2 山形県鳥海山山麓のチョウカイキタホウネンエビ。

 本研究では、日本で知られているほぼすべての生息地からサンプルを収集して、分子系統解析を行いました。多くのタンパク質コード遺伝子を解析するために、合計19個体分のRNA-seq解析を行いました。これによって核ゲノムおよびミトコンドリアゲノムで発現している遺伝子のタンパク質コード配列のデータを効率良く収集することができました。さらに、このRNA-seq解析とは別に合計およそ100個体を用いたミトコンドリアのCOI遺伝子の解析も行っていました。
 解析の結果、核遺伝子データを用いて作成した系統樹とミトコンドリア遺伝子データを用いて作成した系統樹とで矛盾した結果が得られました(3)。キタホウネンエビでは、核遺伝子データが下北半島地域の集団の単系統性を支持していましたが、ミトコンドリア遺伝子データは、下北半島のいくつかの個体が北海道の個体とクラスターを形成することを示していました。同様の不一致はチョウカイキタホウネンエビでもみられ、核遺伝子データは鳥海山麓地域の単系統性を支持していましたが、ミトコンドリア遺伝子データは鳥海山麓の個体の一部が会津の個体とクラスターを形成していることを示していました。これらの不一致は、ミトコンドリア遺伝子の流入によるものであると考えられました。さらに、別種であるシレトコホウネンエビとキタホウネンエビ(北海道)とのあいだにも核遺伝子における流入が示唆されました。

図3 ミトコンドリア遺伝子(左)と核遺伝子(右)を用いて作成した系統樹。 図3 ミトコンドリア遺伝子(左)と核遺伝子(右)を用いて作成した系統樹。

研究の重要性

 本研究では、北海道内のキタホウネンエビの集団間でのミトコンドリアゲノムの遺伝子流動を確認しました。さらに、北海道内では、シレトコホウネンエビとキタホウネンエビの種間の遺伝子流動の可能性も観察されました。同様に、本州のチョウカイキタホウネンエビでは、鳥海山麓集団と会津集団の間での遺伝子流動の痕跡が観察されました。一方、津軽海峡を挟んでの本州と北海道とのあいだでは、キタホウネンエビの石狩集団と下北集団の間でのミトコンドリアゲノムレベルでの遺伝子流動は観察されましたが、核ゲノムレベルでは遺伝子流動の証拠はありませんでした。
 無甲目の個体は自力で分布を広げることができず、それらの分散は卵の段階で受動的に行われます。キタホウネンエビ類の分散には、本州や北海道の両方の島内においては、哺乳動物や渡りをしない鳥類などが重要な役割を果たすと考えられます。しかし、本州と北海道は津軽海峡で分断されており、この海峡を横断することは、大型の哺乳動物でも難しいと考えられています。したがって、本州と北海道間のキタホウネンエビ類の分散には鳥類が関与していると推測され、おそらくそれは非常にまれな出来事であったと考えられます。本研究で観察された日本のキタホウネンエビ類の遺伝的多様性と集団構造は、それらの受動的な分散様式を示しているものであります。
 本研究の結果は、キタホウネンエビ類の分布と遺伝的多様性に関する新たな洞察を提供します。得られた知見は、生物多様性の維持と生態系の保護に向けた取り組みに貢献すると考えられます。特に、集団間および種間の遺伝的な交換や分散パターンの理解は、生息地の適切な管理や保全戦略の策定に役立つと考えられます。さらに、日本列島のような島嶼においての、生物群集の形成や進化に関する知識は、島嶼生態系の保護に重要であると考えられます。本研究の成果は、地域の自然環境をより効果的に保護し、持続可能な未来を築くための基盤を構築することにも活用できると考えられます。

論文情報

  • タイトル:Integrating Mitochondrial and Nuclear Genomic Data to Decipher the Evolutionary History of Eubranchipus Species in Japan
  • 著者:Takashi Kitano, Mitsutoshi Tabata, Norihito Takahashi, Kei Hirasawa, Seiki Igarashi, Yushi Hatanaka, Akira Ooyagi, Keiji Igarashi, and Kazuo Umetsu
  • 雑誌:Molecular Phylogenetics and Evolution
  • 公開日:2024224日(土)(オンライン版)
  • DOIhttps://doi.org/10.1016/j.ympev.2024.108041
  • SharedIt linkhttps://authors.elsevier.com/a/1iewp3m3nNE2PC