ヴァイオリニスト?五嶋みどりさんらが附属特別支援学校で演奏会
―「本物」の音楽が子どもたちの学びと生活の世界をひらく
6月19日、茨城大学教育学部附属特別支援学校で、世界的なヴァイオリニスト?五嶋みどりさんらによる弦楽カルテットの演奏会が行われました。これは、認定NPO法人ミュージック?シェアリングの春の訪問プログラムとして実現したもの。日々学んでいる空間で"本物"の音楽をからだ全体で味わうことができた子どもたち。その模様を紹介します。
ミュージック?シェアリングは五嶋みどりさんが主宰する活動で、ホームページでは「人々にとって、本物の音楽、音楽家がもっと身近になるようにし、豊かな人間性をめざす環境作りの手助けを行います」といった理念が紹介されています。1993年より福祉施設や教育機関などを訪れる訪問プログラムをスタートし、これまで1000を超える施設を訪問しているということです。
附属特別支援学校への訪問が実現したきっかけは、テレビでミュージック?シェアリングの活動を知った校内教頭の平野志穂教諭が中心となってプログラムに応募したこと。同校では2023年度から「子どもたちの内面や生活を『豊か』にする音楽?図画工作/美術?体育/保健体育の授業づくり」という研究テーマを掲げ、音楽?図工/美術?体育/保健体育の3教科(「生きる実感教科」)を、国語?算数/数学に並ぶ主要教科に位置づけて1週間の課程の中心に配置するなど、さまざま取り組みを進めています。「こうした本校の取り組みに、ミュージック?シェアリングのみなさんが共感してくださったことが、訪問先としての採択につながったのではないでしょうか」と平野教諭は語ります。
今回附属特別支援学校を訪れたのは、五嶋みどりさん(ヴァイオリン)、エレノア?デ?メロンさん(ヴァイオリン)、笠井大暉さん(ヴィオラ)、アレハンドロ?ゴメス?バレハさん(チェロ)の4人による「ICEP(インターナショナル?コミュニティー?エンゲージメント?プログラム)カルテット。訪問プログラムは、小学部と中学部?高等部の2部にわかれて行われました。
小学部のプログラムでは、1年生、2?3年生、4?5年生、6年生の4クラスの教室に、4人のメンバーがそれぞれ分かれて入室。それぞれの教室で、楽器の特徴の説明や短い演奏が行われていました。ヴァイオリンのエレノアさんやチェロのアレハンドロさんは、入室するなり英語であいさつ。それでも子どもたちとはあっという間にコミュニケーションができてしまいます。初めて間近で聴くピアノ以外の弦楽器の音色に、「わあ!」という歓声が上がります。近い距離で対面しながら、振動する楽器に直接触れさせてもらった教室もあり、子どもたちは耳だけでなく手でも音を感じ、からだ全体で音楽の世界に浸っていました。
中学部?高等部のプログラムは、集会室での約1時間のコンサートで、チャイコフスキーやベートーヴェンなどの有名なクラシック曲や日本の童謡の「七つの子」など全7曲が演奏されました。ほとんど動かず食い入るように演奏を聴く生徒、音楽に合わせて体を揺らす生徒、音楽のところどころで周りの生徒や教師の方を向き笑顔を見せる生徒など、それぞれが思い思いに聴き入っているのが印象的でした。そして、教師の皆さんもそれぞれの生徒の鑑賞に寄り添うようなサポートをしていました。
カルテットのメンバーのみなさんが、1曲ごとに、成り立ちや聴きどころをやさしい言葉で紹介します。
たとえばサン=サーンスの「動物の謝肉祭」の中の「化石」という曲の演奏前には、ヴィオラの笠井さんが、「音遊びがいっぱい詰まっている曲です。『きらきら星』のアレンジも入っていますよ」と解説。そのあとの演奏で実際にその部分を聞き当てることができた生徒たちの顔に、「あ、ここだ!」という嬉しそうな表情がパっと現れたのが印象的でした。
また、視覚の情報は、生徒たちにとって興味をもちやすいものです。五嶋さんたちはそれぞれの楽器を高く掲げながら、その大きさや弦の長さの違いと、それによる音の違いを丁寧に説明してくれます。生徒たちからは、「すごい!」「でかい!」「全然違う!」といった感嘆の声が次々と上がります。
さらに、五嶋さんから「もっと楽器の近くで見てみませんか?」と声がかかると、生徒たちも大興奮。それぞれ一番興味のある楽器のところへ集まり、演奏しているときの弦に触らせてもらったり、弓で音を出す経験をさせてもらったり、とても貴重な時間を過ごすことができました。その笑顔や大きな身振りから、「本物」に触れた生徒たちのほとばしる感情が伝わってきました。
「偉大な作曲者たちが残した曲に触れてほしい、本物の音楽に触れることを通じて、探究心が育ち、世の中が広がったら嬉しい」と語った五嶋さん。
その想いは、同校の「子どもたちの内面や生活を『豊か』にする音楽?図画工作/美術?体育/保健体育の授業づくり」の研究と大きく重なるものだと、阿部富和副校長は語ります。
「私たち附属特別支援学校の教員たちが今大事にしているのは、音楽や図工?美術、体育といった教科において、制作や遊びなどの活動の過程をよく観察し、そこで授業のポイントに近づく子どもたちの様子を見とり、サポートしていくことです。今回、コンサートの世界に浸る子どもたちと、その周りの教師たちとの関係の中にも、その様子が見て取れました。
このテーマでの研究は去年から始まったばかりですが、今回のコンサートでの子どもたちの様子や、五嶋さんの声かけ、場の作り方はとても良い刺激になりました」(阿部副校長)
情緒たっぷりな「本物」の音楽によって、子どもたちの学びと生活の世界だけでなく、特別支援学校での教育の可能性も広げてくれたICEPカルテットのみなさん。質問コーナーも盛り上がり、カルテットのみなさんは子どもたちと一緒に給食も食べて、学校をあとにしました。
五嶋みどりさん、ミュージック?シェアリングのみなさん、貴重な時間をありがとうございました!
(取材?構成:茨城大学広報室)