【サバティカル便り】人文社会科?伊藤純子講師「東京大学での研究生活」
コラム「サバティカル便り」では、サバティカル制度を利用して海外等の学外の研究機関で研究に取り組んでいる教員による、現地レポートをお届けします。
今回は、東京大学で国内研究員として活動した、人文社会科学部の伊藤純子講師のレポートです。現地でどのような研究、日常生活を送ったのでしょうか。
海外大学での研究生活や様子
私は人文社会科学部に所属し、憲法の授業を担当しています。昨年1年間はサバティカルを取得することができたため、東京大学社会科学研究所のケネス?盛?マッケルウェイン教授に受け入れ教授となっていただき、国内研究員として研究していました。マッケルウェイン教授は、私の専門領域である憲法学ではなく政治学の教授ですが、教授の著作『日本国憲法の普遍と特異:その特異と定量的考察』(千倉書房,2022年)の通り、日本国憲法にも深い関心を寄せておられ、政治学的な見地から日本国憲法の研究もされています。そのため、教授との交流は日本の憲法状況という共通理解がありつつも、私が日頃交流している憲法学者とはまた異なった見地から憲法についての意見をも伺うことができ、大変刺激的でした。
研究員としての1年間、私は以前から研究していたフランスの「記憶の法律」の研究をさらに進めることができました。現代における「記憶」とは、主に被害者のための「記憶」を意味しており、フランスにおいては過去の歴史への言及に際して「記憶の法律」が定められています。すなわち、過去を公共的な記憶として一般化し、誤った過去を繰り返さないために「記憶」することもまた戦後保障の重要な側面となっているのです。
そして、この「記憶の法律」のもう1つの大事な側面は、フランスにおいては刑事罰も科すことが可能なヘイトスピーチ規制法としても機能しているという点です。近年、表現の自由とヘイトスピーチの関係は大変重要なテーマだと考えられているものの、その表現の自由はどこまで認められるのか、この難問は多くの国で多くの人々によって論じられています。この1年を通じて、私はフランスにおける表現の自由とヘイトスピーチを中心に研究を進め、茨城大学人文社会科学論集3号(2024年)に「ゲソー法判決から見た現代フランスの『表現の自由』とヘイトスピーチ」を公表することができました。
東京大学で研究員として過ごした日々は、単なる研究の場にとどまらず、さまざまな研究会への参加を通じて、普段とは異なる学問的アプローチや新しい研究の視点を学ぶ刺激的な体験ともなりました。これらの研究会では、経済学、政治学、歴史学、法学といった多様な分野の研究者たちと交流することができ、そこで新たな知見と方法論を学ぶことができました。
また、サバティカルの一環として、今年3月にはパリへの短期在外研究も行いました。フランス留学時代にお世話になったパリ第一大学法学部のダヴィッド?カピタン教授とも10年ぶりにお会いすることができ、その際、最近行われたフランスの憲法改正を含む最新の憲法事情を直接お聞きすることができました。また、現地でフランスの公共政策、法制度および社会を目にすることで、論文や新聞、インターネットだけでは得られない経験となりました。
このように、1年間のサバティカル期間を通じてフランスにおけるヘイトスピーチ、表現の自由および刑事罰に関連する法的枠組みについての理解を深めることができました。この1年間の研究を含め、今後はフランスの「記憶の法律」を単著として執筆することを目標にしています。
戦後保障と集合的記憶、ヘイトスピーチと表現の自由という問題はフランスだけでなく多くの国が抱えており、日本もまた例外ではありません。また、この問題は時には国際的な問題ともなっており、グローバル化が進む現代社会においてますます重要となっています。私はフランスにおける憲法院判例や学説を紹介することにより、日本においても大きな示唆を得ることができると考えており、研究を通じて社会にも貢献できるよう、今後も研究を続けていきたいと考えています。
このように、サバティカルを通じて私は学問的な見識を大きく広げ、さらに研究の意欲を高めることができました。私を研究員として受け入れて下さった東京大学社会科学研究所のマッケルウェイン教授、私に研究上の示唆を与えて下さったパリ第一大学のカピタン教授、そして1年間、快く送り出して下さり、私に代わって学内業務をして下さった茨城大学の同僚の先生方にはこの場をお借りして感謝申し上げたいと思います。